冒頭から謝っておきます、細かい事ですみません。池上本門寺の東側に建つ五重塔のこと。
この塔は池上本門寺と並んで、池上の観光名所のひとつでありまして、近くには力道山のお墓もあったりします。
この塔、徳川二代目将軍秀忠の乳母、岡部局の発願で建てられた、関東に現存する五重塔としては、最古の重要文化財となっています。
東京大空襲でも焼失しなかったラッキーパワースポット(勝手に言ってます)を、池上にお越しの際には、是非ともご覧頂きたいと思うDogwoodであります。
前置きが長くなりました。本題はここから。
羽田空港を有する大田区は、ここ数年観光に力を入れておりまして、呑川沿いにも大田区観光案内図のパネルを設置して、池上の観光スポットを日本語と英語で紹介してくれています。
それはそれで、大変素晴らしい取り組みなのでありますが、ちょっと気になるものを見つけてしまいました。本当に細かいことでスミマセン。(誰に謝ってるのか?)
呑川沿い堤方橋交差点そば、池上出張所の前にある観光案内図。
ここ数年増えてきた大田区肝入りの観光案内板のひとつ。
その中の五重塔の説明書きを見ていた時のこと。
五重塔って「Five-story pagoda」って言うんだ、勉強になるな~。って、そこじゃなくてさ、、
五重塔が完成した年でありますが、パネルには、
「1607年に完成した」とあります。日本語も英文も。
ここでピンときた方は、相当なイケガミストか歴史マニアかと。(ワタシは、どちらでもありません)
もう一度五重塔の隣に立つ看板を見ると、、
あれ?
「慶長13年 (1608) 建立」とありますぜ。
ちなみに観光案内図のQRコードにスマホをあてると、大田区役所のページへと飛びますが、そちらも「1608年に完成した」となっていました。
「完成」と「建立」は違うんだよボケ!と言うのであれば納得しますが。
まぁ、たったの1年違い。長~い歴史の中では大勢に影響は無いと個人的には思いますが、恐らく観光案内図の誤植かと。重要文化財なんだし、設置する前に確認する人はいなかったのかな。
余談
なぜ気が付いたかというと、Dogwoodは以前、電子回路基板の仕事をしておりまして、当時その業界では抵抗やコンデンサの実装部品の最小サイズ(1.6mm x 0.8mm)を1608(イチロクマルハチ)と呼んでいました。20年以上も前、後輩を本門寺に案内したことがありまして。その後輩、五重塔前の看板を見るなり「あははは、センパイ、これ覚えやすい年に完成したんすね~!イチロクマルハチっすよ!イチロクマルハチ!」と爆笑していたのを覚えていたからです。これが無ければ、五重塔が建てられた年なんて絶対知らなかったかも。全くしょうもない話ですが、それ以降五重塔が出来た年だけは「イチロクマルハチ」で覚えていたもので。
まあ、学校の試験には絶対出ませんが、ジジイの記憶もちょっとだけ役に立ったかもしれません。
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