今年の4月末「GWに平成最後の親孝行を?」というタイトルで、Dogwoodの80代後半の父親が持っていた、50年前のネガフィルムを1000枚以上デジタル化した記事を書きました。
喜んだ父は、その莫大なJPEGファイルを、3か月以上かけフリーの画像編集ソフトやワードで整理し、3冊の立派なアルバムを製本していました。見せてもらうと、どこで習ったのか、お世辞抜きのハイクオリティ。表紙には「S氏所蔵のスナップ写真集」と印刷されていて、最近会っていないというS氏にアルバムを渡したいのだと言う。さらに聞くと、元のネガフィルムはDogwoodの父が撮ったものではなく、全てS氏から預かっていたものだと。てっきり、父親が撮影したフィルムだと勘違いしていました。そして、困ったことに数年前から、S氏と突然連絡が取れなくなり、困り果てた挙句に再びDogwoodに頼ってきたのでした。
さらに聞くと、S氏というのは父の大学時代の先輩で、転職のため岡山から東京へ帰る時に、夫婦で大変世話になった恩人だとも。そう言えば子供の頃、S氏の名前を両親から何度も聞いたことがあったし、お年玉をもらったこともあったっけ。
少々珍しい名前のS氏フルネームでググっても、出てくるのは昔の論文著者名だけ。
ずっと独身で両親と兄弟は既に亡くなっており、わかっているのは大田区東雪谷の邸宅を売り払った後、長いこと羽田穴守稲荷神社近くの環八沿いのマンションを借りて一人で住み続け、数年前に会った時には1階にある喫茶店で、毎日モーニングを食べていたという父親とS氏が交わした会話の記憶だけでした。
3連休の初日、ちょっとした探偵気分で父親を乗せて羽田へ行ってきました。
千歳船橋から穴守稲荷神社までは環八を南下して約40分で到着。
ここからは親父の記憶だけが頼り。頼みますぜ。
最後にここへ来たのは、5年以上前と言いながらも、まだボケてはないようで記憶は確かでした。ここから歩くこと約3分、 S氏が住むマンションを発見。環八の向こう側には、ヤマトグループの流通施設「クロノゲート」が出来ていて、その変わりように父親はビックリ。
古い4階建てマンションの1階には、昭和の懐かしい喫茶店もある。やっぱりここに間違いないらしい。
当時、S氏はこの2階に住んでいたという記憶を元に、階段で2階へ(エレベータ無し)。でも表札がないし、ベルを押しても反応無し。誰も住んでいないようだ。ならば、大家さんに聞いてみようと3階へ。しかし、ここでも応答は無し。ダメモトで4階へ上りベルを押すと、しばらくしてドア越しに年配のご婦人の声が。怪しい者ではないと、ここへ来た理由を説明し始めると、S氏の名前を出した途端にドアが開いた。このマンションの大家さんは、4階に住んでいたのだ。
Dogwood「突然ですみません。Sさんは、今もこちらにお住まいでしょうか?」
すると驚き顔の大家さん「Sさんはね、今年の5月26日に亡くなったのよ!」
そうか、ご健在だとしても92歳の1人暮らし。予想していたとはいえ、父親はがっかりと肩を落とした。経緯を聞くと、Sさんは5月のGW頃に体調を崩し、救急車で近くの病院に運ばれてから、しばらく入院してそのまま亡くなられたのだそう。部屋の片づけは、唯一の親戚である甥っ子さんに連絡して、大家さんと一緒に行ったばかりだとも。事情を話し、甥っ子さんの連絡先を教えてもらい、階段を下りて1階へ。
折角ここまで来たので、落胆する父とSさんが毎日通っていたという1階の喫茶店へ。
コーヒーを飲みながら「残念だったけど、胸のつかえが取れたよ」と、アルバムを前に安堵の表情を浮かべる親父。Dogwoodも少しだけど親孝行できたかな。
そして帰り際、父がアルバムを見せて「このお店、Sさんが毎日モーニングを食べに来ていたそうですね」と話しかけると、初老のママさんと従業員の女性は、少し驚いた表情で写真を見ながら、Sさんの思い出話をしてくれました。ジェントルマンで、ずいぶん長い間お店に来てくれたこと、そして5月に亡くなったことも。
そこで、最後にDogwoodが「Sさんは、いつもどこに座ってたんですか?」と聞くと、2人は口を揃えて父親の向かい、つまりDogwoodの方を指して、
「その席よ」と。
その瞬間、親父がポツリと呟いた。
「やっぱり、Sさんに呼ばれたんだな、、」
聞くと、今年のGWあたりからSさんのフィルムのことが気になって仕方がなかったのだそう。Sさんに電話しても「この番号は現在使われておりません」ばかり。そこでSさんのアルバムを作ろうと(時間がたっぷりある)Dogwoodに頼みJPEGに変換し、それを編集して製本。彼に直接渡そうと、住んでいたマンションを見つけ、大家さんとも会えたし、喫茶店のママさんとも会えたという訳で。全てがトントン拍子に。
残念ながらSさんは亡くなっていたけれど、ここまでの一連は全てSさんが導いてくれたのではないかという父。
スピリチュアルやオカルトは信じないDogwoodですが、この日ばかりはSさんからの「お誘い」を、父親を通じて感じたのでありました。
そのSさんの昔の姿がこちら。当時、既に30代?にしてこの貫禄。
そして、手塚治虫似の優し気な表情。銀座で飲むのが大好きで、親父も若い時に良くご馳走になったのだとか。
思えば、この5月にDogwoodが毎晩遅くまでネガフィルムをJPEGに変換していた時は、妻曰く「憑りつかれているよう」にも見えたのだとか。確かに夢中だったっけ。
改めてSさんの逝去に合掌。甥っ子さんに、お墓の場所を聞いたので、今度は両親を連れてお墓参りに行こうと思います。
ここまで長々とお付き合い頂きありがとうございました。
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